Q.就業規則 記載例(規定例) ― カスハラ4条項のひな型
以下は、カスハラ対策を自館の規程に反映する際の参考ひな型です。4条項はBB宿泊ラボによる構成例であり、指針がこの4条項を指定しているものではありません。常時10人以上の事業場では、変更にあたり過半数労働組合等の意見を聴き、意見書を添えて所轄労働基準監督署へ届け出ます(労基法89条・90条)。
| 条項 | 記載例(要旨)※あくまでひな型 | 対応する措置 |
|---|---|---|
| 第◯条 カスハラの禁止と定義 |
顧客等から従業員に対する社会通念上相当な範囲を超えた言動(暴言・威圧・不当な要求・長時間拘束・SNSでの個人攻撃等)により、従業員の就業環境が害されることをカスタマーハラスメントと定義し、会社はこれを許容しない。 | 措置1(基本方針) |
| 第◯条 従業員の報告義務と会社の保護義務 |
従業員はカスハラに該当する事案を認識した場合、会社が定める相談窓口またはインシデント報告書により速やかに報告する。会社は報告を受けたときは事実確認・被害者保護・再発防止のために必要な措置を講じる。 | 措置2・措置3 |
| 第◯条 不利益取扱いの禁止 |
カスハラに関する相談・報告・事実確認への協力を理由として、解雇・降格・減給・配置転換その他の不利益な取扱いを行わない。違反した場合は懲戒処分の対象とする。 | 措置2・措置5 |
| 第◯条 プライバシー保護 |
相談者および行為者のプライバシーを保護するため、相談内容・インシデント報告書は権限を有する者に限定して取り扱い、目的外利用を禁止する。再発防止検討の場では匿名化したうえで共有する。 | 措置5 |
Q.措置5項目はどの法令根拠に基づくか
改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)が2026年10月1日に施行されます。同法は、すべての雇用主に対しカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)防止のための雇用管理上の措置を義務付けています(厚労省、2026年2月)。
具体的な措置内容は、厚労省指針(令和8年厚労省告示第51号、2026年2月26日公表)の第4項で定められています。方針と周知、相談体制、事後対応、特に悪質な行為への対処、プライバシー保護等の5項目です。
5項目の法的位置付け
- 措置義務: 5項目のすべてを実施する義務があります。「1項目だけ対応すればよい」ではありません
- 違反時: 報告徴求 → 助言・指導 → 勧告 → 企業名公表。勧告に従わない場合には公表の対象となり得ます
- 規模による免除なし: 従業員1人以上の全雇用主が対象。中小企業の猶予期間は設けられていません
自館の担当者、確認する書類、周知の方法を、項目ごとに見ていきます。以下の担当や書式は実務例です。法令上の要求事項と区別して使ってください。
Q.措置1: 基本方針の明確化と周知をどう進めるか
指針の要求
厚労省指針は、事業主に以下を求めています。
- カスハラを許容しない基本方針を明確にすること
- 従業員を保護する方針を、管理監督者を含む従業員に周知・啓発すること
- カスハラの内容、カスハラに該当する行為の例、対応方針を従業員に周知・啓発すること
ホテル実務への落とし込み
自館では、従業員向け(内向き)とゲスト向け(外向き)の2方向で周知します。
従業員向け(内向き)
- カスハラ対応ポリシーを経営トップ名義で策定する。「従業員の安全を最優先する」「理不尽な要求に屈しない」という姿勢を明文化します
- 既存の就業規則や対応規程を確認し、方針・相談・対処の内容と矛盾があれば見直します。就業規則を変更する場合、常時10人以上の事業場では意見聴取と労基署への届出が必要です
- 全従業員(パート・アルバイト・派遣含む)に対し、方針と具体例を記載した配布物で周知します
ゲスト向け(外向き)
- チェックインカウンター付近に館内掲示を設置。「お客様および従業員の安全のため、迷惑行為には毅然と対応します」という趣旨の文言を掲げます
- 自社ウェブサイトにカスハラ対応方針ページを設置します
- OTA(じゃらん、楽天トラベル等)の施設ページにも方針の概要を記載することを検討します
Q.措置2: 相談体制をどう整備するか
指針の要求
- 相談窓口をあらかじめ定め、従業員に周知すること
- 相談窓口の担当者が内容や状況に応じ適切に対応できるよう必要な措置を講ずること
- 相談したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、周知すること
ホテル実務への落とし込み
夜勤中にも相談できるよう、通常の相談担当者と、不在時の連絡先を決めます。社内窓口の設置や外部への相談対応の委託は、指針で示された方法の例です。自館で相談を受け、必要な対応につなげられる体制を選びます。
内部窓口
- 担当者: 人事部門の責任者、または支配人(GM)を指名します。夜間帯はデューティーマネジャーが一時受付し、翌営業日に担当者へ引き継ぐフローとします
- 受付方法: 対面、電話、メール(専用アドレス)の3経路を設置。相談記録フォーマット(日時・場所・当事者・概要・証拠有無)を統一します
- 初回の対応: 相談を受けた時点で安全を確認し、緊急の対応が必要かを判断します。調査に時間がかかる場合は、次に連絡する担当者と時期を相談者に伝えます
外部窓口
- 社内で相談を受けることが難しい場合などは、外部窓口への委託も検討します。委託する場合は、受付時間、緊急時の連絡先、対応範囲を確認します
- 外部窓口の連絡先は休憩室・更衣室等の従業員専用スペースに掲示します
不利益取扱いの禁止
「カスハラを報告したら評価が下がるのではないか」という不安を払拭するため、就業規則に不利益取扱い禁止条項を明記します。具体的には、相談・報告を理由とする配置転換、降格、減給、雇止めの禁止を規定します。
Q.措置3: 発生後の対応手順をどう決めるか
指針の要求
- カスハラ発生後、事実関係を迅速かつ正確に確認すること
- 被害を受けた従業員に対する配慮措置(健康面の配慮、配置転換等)を適正に行うこと
- 再発防止策を講じること
ホテル実務への落とし込み
インシデント報告の整備
カスハラ事案が発生した場合、当日中にインシデント報告書を作成します。記載項目は以下の通りです。
- 発生日時・場所(フロント、客室、電話、OTA等)
- 顧客情報(宿泊台帳との紐付け、ただしプライバシー配慮。措置5で後述)
- 行為の具体的内容(暴言の具体的文言、時間、回数等を事実ベースで記載)
- 対応した従業員の氏名と対応内容
- 証拠の有無(録音、監視カメラ映像、メール、OTAメッセージのスクリーンショット等)
上長へ引き継ぐ手順
厚労省指針は、労働者から管理監督者への速やかな報告、可能な限り1人で対応させないこと、状況に応じた警察への通報等を対処の例として挙げています。「30分」「3回」まで待つという一律の手順にはしません。
- 危険がある場合:暴力・脅迫などでは安全を確保し、警察へ通報します。
- 対応に困った場合:その場で責任者へ連絡し、対応の交代や応援を求めます。カスハラか判断に迷う場合も相談対象にします。
- 夜勤・責任者不在時:最初の連絡先、つながらない時の連絡先、応援を手配する担当者を決めます。
夜勤担当者と支配人が一緒に連絡手順を確認し、使った報告書の記入項目と保管先まで共有してください。
被害者ケア
- 被害を受けた従業員に対し、当日中に上長が声かけを行います
- 必要に応じて当該ゲストの対応から担当を外す(配置変更)措置を講じます
- 重度の場合は外部窓口(産業カウンセラー)への紹介を行います
- 事案の収束後、フォローアップ面談(1週間後・1か月後)を実施し、心理的負担の経過を確認します
Q.措置4: 特に悪質な行為にどう対応するか
指針の要求
- 過度な要求を繰り返すなど、特に悪質な行為への対処方針をあらかじめ決める
- 対処方針を、管理監督者を含む従業員に周知する
- 方針に沿って実際に対処できる体制を整える
ホテル実務への落とし込み
警告、警察への通報、弁護士への相談などを誰が判断するか決めます。宿泊拒否や退去の要請を検討する場合は、旅館業法その他の法令上の要件を確認します。責任者不在時の判断者と連絡先も用意し、方針に沿って対応できるか確認します。
以下の録音や研修は、こうした対応を支える実務例です。録音設備や所定の研修時間をそろえるだけで、第4の措置を満たすという意味ではありません。
フロント電話の録音システムとIVR告知
通話を録音する場合は、IVR(自動音声応答)などで録音の目的を案内します。案内文と併せて、録音できていることの確認、閲覧権限、保存・削除の手順も決めます。
「お電話ありがとうございます。サービス品質向上のため、この通話は録音させていただいております。」 ※ 英語・中国語(簡体字)・韓国語の多言語版も用意することを推奨します
録音設備の導入自体は一律の法的義務ではありません。助成制度を利用する場合は、対象機器、実施時期、ほかの取組の要件を、当該年度・募集回の公式案内で確認します。
自館の方針と対応手順を研修で確認する
以下は70分で実施する場合の構成例です。参加者の経験、人数、練習に必要な時間に合わせて配分を変えます。
- 座学(30分): カスハラの定義、法改正の概要、自社の基本方針、相談窓口の紹介
- ロールプレイ(30分): 典型的な場面(フロントでの暴言、電話での長時間拘束、客室でのトラブル)を想定したシミュレーション
- 確認テスト(10分): エスカレーション基準の理解度チェック
研修の時期と頻度を決め、入社時や方針・相談先・対応手順の変更時にも周知します。研修実施記録には日時、参加者、扱った内容を残します。教える内容と場面別の台本はカスハラ研修 ホテル・旅館で何を教えるかで確認できます。
OTAレビュー対応プロトコル
OTA経由の口コミ・レビューにおけるカスハラ(虚偽の内容で業務を妨害するレビュー、従業員の個人名を挙げた中傷等)についても、抑止措置の対象として整理します。
- OTAレビューの監視体制を整える(担当者と確認頻度を決める)
- 事実と異なるレビューに対しては、OTAプラットフォームの報告機能を活用する
- 対応方針(返信するか、プラットフォームに報告するか、法的措置を検討するか)の判断基準を文書化する
Q.措置5: プライバシー保護と不利益取扱い禁止をどう担保するか
指針の要求
- 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずること、その旨を従業員に周知すること
- カスハラに関する相談を行ったこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知すること
ホテル実務への落とし込み
インシデント報告書のアクセス権限
インシデント報告書にはゲストの個人情報(宿泊台帳との紐付け)と従業員の個人情報(被害内容)の両方が含まれます。以下のアクセス制御を設定します。
- 作成者: フロントスタッフ、各部門マネジャー
- 閲覧・編集権限: 人事部門責任者、支配人(GM)のみ
- 保存場所: 共有サーバーのアクセス制限付きフォルダ、または施錠付きキャビネット(紙の場合)
- 保管期間: 記録の種類に応じた法定保存義務の有無と、事案の対応状況を確認して決めます。係争中の記録などは、削除前に対応責任者や専門家へ確認します
相談者の匿名性の確保
- 相談窓口への相談内容が、相談者の同意なく直属の上長やゲスト対応部門に共有されない仕組みを設けます
- インシデント報告書において、被害者名は人事部門と支配人のみが閲覧でき、再発防止策の検討会議では匿名化して共有します
就業規則への明記
就業規則(または付属規程)に以下を明記します。
- カスハラに関する相談・報告を行った従業員に対し、解雇、降格、減給、配置転換その他の不利益な取扱いを行わないこと
- インシデント報告書の閲覧は権限を有する者に限定し、目的外利用を禁止すること
- 上記に違反した場合は懲戒処分の対象となること
Q.実務チェックリスト ― 措置5項目の完了基準
自館の進捗確認には、文書の有無だけでなく、周知と運用を確認した日を残します。下表は確認例です。法令の必要事項は厚労省指針と照合し、未対応の行に担当者と確認日を書き足してください。
| 確認する文書・運用 | 担当の例 | 確認日 | |
|---|---|---|---|
| 方針・対処内容 自館の規程との整合を確認し、夜勤を含む従業員へ周知したか | 経営者・人事 | 未確認 | |
| 相談体制 相談窓口と対応担当者を決め、不在時も連絡できるか | 支配人・人事 | 未確認 | |
| 発生後の対応 事実確認、従業員への配慮、再発防止の担当者と手順が決まっているか | 支配人・人事 | 未確認 | |
| 特に悪質な行為への対処 事案に応じた警告や、警察・弁護士等へ相談する手順が決まっているか | 支配人 | 未確認 | |
| プライバシー等 記録の閲覧・保管ルールと、不利益取扱いをしない旨を周知したか | 人事・記録管理担当 | 未確認 |
