「売上が減っている」だけでは原因は見えない
「前年比で売上が落ちている」。この事実を目の前にしたとき、多くの施設が「値下げしよう」「広告を増やそう」と反射的な対策に走ります。しかし、売上減少の原因を正確に特定しないまま対策を打っても、効果は出ないどころか、状況を悪化させるリスクがあります。
宿泊施設の売上減少には複数の要因が絡んでいることがほとんどです。まずは「どこで、なぜ減っているのか」を構造的に分析することから始めてください。
出典: 帝国データバンク「宿泊業の経営動向調査」(2025年)
売上分解の基本フレームワーク
宿泊施設の売上は、以下のシンプルな式で分解できます。
客室売上 = 販売可能客室数 × 稼働率(OCC) × 平均客室単価(ADR)
この3つの要素のどれが下がっているかで、打つべき対策は異なります。さらに、「RevPAR(販売可能客室1室あたりの売上)= 稼働率 × ADR」という指標で総合的な収益力を把握します。
予約数 / 販売可能客室数
客室売上 / 販売客室数
OCC × ADR
ケース1: 稼働率が下がっている場合
稼働率の低下は「予約が取れていない」ことを意味します。原因を絞り込むために、以下の切り口で分析してください。
- 曜日別の稼働率 -- 平日と週末のどちらが下がっているか。平日の低下はビジネス需要の減少、週末の低下はレジャー需要の減少を示唆する
- チャネル別の予約数 -- じゃらん、楽天、Booking.com、自社サイトなど、どのチャネルからの予約が減っているか
- リードタイム(予約から宿泊までの日数) -- リードタイムが短くなっている場合、旅行者の計画行動が変化している可能性がある
- キャンセル率の変化 -- 予約数自体は変わっていなくても、キャンセル率が上がれば実質的な稼働率は下がる
ケース2: ADR(平均客室単価)が下がっている場合
ADRの低下は「単価が取れていない」ことを意味します。以下を確認してください。
- 割引プランの比率 -- 早期割引、連泊割引、OTAクーポンなど、割引を適用した予約の比率が増えていないか
- 部屋タイプ別の販売構成 -- 高単価の部屋タイプの販売比率が下がり、低単価の部屋タイプに偏っていないか
- 競合施設の料金動向 -- 競合が値下げしている場合、追随して値下げしたことがADR低下の原因になっていないか
- OTA経由の手数料負担 -- OTA経由の予約比率が上がると、手数料控除後の実質ADRが下がる
ケース3: 両方が下がっている場合
稼働率とADRが同時に下がっている場合は、構造的な問題を疑う必要があります。エリア全体の需要減退、競合施設の新規参入、施設の老朽化による競争力低下など、より根本的な要因を検討してください。
チャネル別の分析
売上の全体像を把握したら、次にチャネル別の分析に進みます。
分析1: チャネル別の売上構成比と前年比較
じゃらん、楽天トラベル、Booking.com、Expedia、自社サイト、電話・直接予約など、チャネルごとの売上と前年比を算出します。特定のチャネルだけが大幅に減少している場合は、そのチャネル固有の問題(掲載順位の下落、口コミスコアの悪化、料金競争力の低下など)を調査します。
分析2: チャネル別のADRとキャンセル率
チャネルごとにADRとキャンセル率を比較します。OTA経由のADRは手数料控除後の「ネットADR」で比較してください。ネットADRが低く、キャンセル率も高いチャネルは、売上への貢献度が見かけより低い可能性があります。
分析3: 新規 vs リピーターの比率変化
リピーター比率が下がっている場合は、サービス品質やゲスト体験に問題がある可能性があります。逆にリピーター比率が維持されているのに全体の売上が減っている場合は、新規集客力の低下が原因です。
セグメント別の分析
宿泊客のセグメント(客層)別に分析することで、さらに具体的な打ち手が見えてきます。
- ビジネス vs レジャー -- ビジネス需要は景気動向や企業の出張方針に左右される。リモートワークの定着でビジネス需要が構造的に減少しているエリアもある
- 国内 vs インバウンド -- インバウンド比率が高い施設で為替変動や航空路線の変化の影響を受けていないか
- 個人 vs 団体 -- 団体予約の減少はコロナ後も続いているトレンド。個人客へのシフトに対応した販売戦略が必要
- 年齢層・旅行目的 -- 特定の年齢層や旅行目的の予約が減っている場合、その層にリーチする集客チャネルの見直しが必要
回復アクション
分析結果に基づいて、具体的な回復アクションを実行します。重要なのは、分析で特定した原因に対応するアクションだけを実行することです。原因が特定できていないのに「とりあえず値下げ」「とりあえずOTAにプロモーション」は避けてください。
料金戦略の見直し
- ダイナミックプライシングの導入 -- 需要の変動に応じて料金をリアルタイムに変動させる。手動での料金変更には限界があるため、レベニューマネジメントシステム(RMS)の導入を検討する
- 料金の下限ラインを設定する -- 稼働率を追い求めるあまり、利益が出ない水準まで値下げすることを防ぐ。変動費(清掃費、アメニティ費等)を下回る料金は絶対に設定しない
- 高単価プランの造成 -- 記念日プラン、アップグレードプラン、体験付きプランなど、付加価値を加えた高単価プランでADRの底上げを図る
チャネルミックスの最適化
- 手数料対効果の低いOTAの整理 -- チャネル別分析でネットADRとキャンセル率を確認し、効果の薄いOTAの在庫を絞るか、撤退を検討する
- 公式サイトの予約導線強化 -- 予約エンジンの使いやすさ、料金の見やすさ、公式サイト限定の特典(ベストレート保証、ポイント付与など)を整備する
- メタサーチの活用 -- Google Hotel Ads、トリバゴ、トリップアドバイザーなどのメタサーチに公式サイトの料金を掲載し、OTA経由ではなく直予約への誘導を強化する
新規集客チャネルの開拓
既存のOTAとSEOだけに頼る集客では、構造的な売上減少を食い止めることが難しくなっています。新たな集客チャネルの開拓が必要です。
2024年以降、ChatGPT、Gemini、PerplexityなどのAI検索エンジンで宿泊施設を検索する旅行者が増加しています。AI検索では、OTAの掲載順位やGoogle検索のSEO順位とは独立した基準で施設が推薦されます。OTAやSEOで上位に表示されなくても、AI検索で推薦される可能性があるという点で、既存チャネルの不調を補完する新しい手段になり得ます。
売上回復のロードマップ
売上回復は短期施策と中長期施策を並行して進める必要があります。
短期(1〜3か月)
- PMSデータに基づく原因分析の完了
- 料金戦略の見直しと適正料金への修正
- 口コミスコアが下がっていれば、返信対応の強化
- OTAのコンテンツ(写真、説明文)の更新
中期(3〜6か月)
- チャネルミックスの最適化(不採算OTAの整理、直予約強化)
- 高単価プランの造成と販売開始
- リピーター獲得のためのCRM施策の導入
- 公式サイトのAI検索対策の開始
長期(6か月〜1年)
- ダイナミックプライシングの本格運用
- 直予約比率の目標値達成(全体の30%以上を目指す)
- AI検索を含む新規チャネルからの安定的な集客確立
- セグメント別のマーケティング戦略の精緻化
売上の前年比減少は、原因を正しく分析すれば打つべき手が見えてきます。「なんとなく不調」で終わらせず、データに基づいた分析と、原因に対応した施策の実行を徹底してください。そして、既存チャネル(OTA、SEO)だけに頼る集客構造の脆弱さを認識し、AI検索という新しいチャネルも含めた多面的な集客体制の構築を検討することをお勧めします。
